古本屋「Paradis(パラディ)」ブログ

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ローデンバッハ? ローダンバック? ローダンバッハ? ローデンバック?

 英文学史家、矢野峰人の『去年の雪-文学的自叙伝』(S30年/大雅新書)なる本を、パラパラとしてたら、『死都ブルージュ』などの著者、ローデンバッハについて、その発音表記の話が書かれていた。
それによると、ベルギー語では、まさしく“ローデンバッハ”が正しく、“ローダンバック”とするのは、フランス語読みだと述べたうえで、「此頃、日本で見受ける『ローダンバッハ』という発音は、何処にも無い筈だ」と結論づけていた。

この読みのことは、以前からなんとなく気になっていた。
で、「日本の古本屋」で、検索をかけてみた。
と、“ローデンバッハ”が、やはり主力で一番数多くヒットした。
が、フランス語読みとされる“ローダンバック”は、1冊もヒットしない。
間違いとされた“ローダンバッハ”も同様、見当らない。
ところが、“ローデンバック”という表記がヒットした。
窪田般彌は、そう表記している(多くは岩波文庫版)。
彼は、フランス文学の人だよね。

それはそれとして、気になったのは、高橋洋一訳のちくま文庫、『ローデンバック集成』だ。
彼は、沖積舎の『街の狩人』や森開社の『鏡』では、“ローデンバッハ”としているのに…。
版元に押し切られたか? “ローデンバック”を拠り所とする新しい根拠を得たか?
なんにしても、ちくま文庫版は、一番新しい訳本で、しかもタイトルに堂々と謳っている。
ひょっとしたら、これからは、“ローデンバック”が一番、ポピュラーな表記になったりして…。

念のため、私には、どれが一番正しいのかは、わかりません。
矢野氏は、基本英文学の人だし、彼の断言が正しいとも限らない。
ベルギー語(母語)表記とフランス語表記に対して、別に日本語表記というのがあっていいなら、日本語では、4種の表記を使い分ける、ってことになったって、おかしくかない。
しょせん、外国語の発音と表記法、なかなか厳密にはならないでしょ。

古い雑誌が面白い。

 古い雑誌が面白い。
そう思いつつも、これまでは、割と無頓着に、かなりテキトーに扱ってきた。
けど、今、古い雑誌をちゃんと売っていきたいという気持ちがフツフツと高まっている。
そういう思いで、ひとつひとつの雑誌をつぶさに見ていくと、けっこう意外な発見がいろいろあって、それこそホント、面白い。

ちなみに1冊紹介してみます(読んではないので、目次をなぞる感覚で)。

『週刊朝日編・陽春読物集』という雑誌。
これ、定期刊行物というより、特集別冊のようなものだろうか。
そのへんは、よくわからない。
連載記事はないので、単発ものであることは確かのようだ。
昭和23年の発行。



表紙は、中村研一
中村研一は、先日整理してた絵はがきのなかに、戦争画を描いたものをみつけた。
「大東亜戦争美術展」シリーズの1枚。
表紙絵に特別のモデルはいないようだ。

目次のページに竹中郁の詩が掲載されている。
題は「春の問答」。
戦後、児童詩に力を注いだ竹中らしく、ほんわかと乙女チックなポエムです。
カットは、田村孝之介

巻頭は、井伏鱒二の「ある青年」。
(長編)という触れ込みだけど、短篇だよね、この長さは(A4判の雑誌で21ページ)。
他に掲載されている作品に比べれば長いけど、ね。

で、マジ短い作品で三人の作品が掲載されている。
<特集・新彩トリオ>と銘うたれているので、新人の作品という意味か。
その三人とは、源氏鶏太「春の夢」、岩田賛「蔦の家の事件」、辻勝三郎「質ぐさ」。
そーか、この時期は、源氏鶏太が新人なんだよなぁーと、感慨新た。
岩田賛は知る人ぞ知る、というか、探偵小説の世界ではそれなりに著名な作家。
辻勝三郎の名は、不覚にも知りませんでした。
芥川賞、直木賞の候補にもなっていたというのに…。

それぞれ、作者紹介のコメントがあるので、採録しておく。
[源氏鶏太]-明治45年富士市に生る。大阪市の会社に勤務。処女作「たばこ娘」を昨年3月「オール読物」に発表、その他数編、雑誌に掲載す。終戦前は、詩、短歌を勉強、のち小説に転向した。特別に師事せる人なし。
[岩田賛]-東京高等工藝学校卒、現在横須賀市渉外課勤務、処女作「砥石」が雑誌「宝石」に当選(昭和22年4月)。引続きサン写真新聞推理小説当選「運命の罠」。その他現在まで数編を雑誌に発表。
[辻勝三郎]-東京都京橋区に生まる。33歳。幼少にて父に死別、職を転々としながら作家を志す。
昭和12年ごろより兵役にてながく中国に過し、著書「初陣」「雪よりも白く」その他。昭和18年の芥川賞「雁わたる」、直木賞に「雲よりも白く」が候補作となる。

ま、主だった内容はこんなとこ。
このころの雑誌は、みな薄っぺらい。
ご多分に漏れず、この雑誌もしかり。
あっさり読み終えそう。

ただ、雑誌の面白いのは、本文記事だけじゃない。
挿絵を忘れてはならない。
挿絵は決して、添え物ではなく、それ自体楽しめるもので、けっこう有名な画家も描いてるんだよね。

挿絵ではないが、巻頭で「ピクチャー・ダイジェスト」という企画を飾っているのが、高野三三男
映画「凱旋門」のストーリー紹介を兼ねて、7ページにわたり、11点のイラストを書いている。
なかなか力作。
堪能できる。

上記小説の小説の挿絵画家は、それぞれ、井伏-野口弥太郎、源氏-御正伸、岩田-生沢朗。
そして、辻作品の挿絵は茂田井武
やっぱ、茂田井武の絵は、いい味だしてるよね。



こんなとこで、こんな形で出会えるというのが、古い雑誌をひもとく醍醐味のひとつ、ってことです。
古い雑誌は面白い。

*ウィキペディアで検索できる人名だけリンクしてみました。

「わらしべ絵本プロジェクト」-絵本『わらしべちょうじゃ』は、もう何かに換わったのだろうか。

 今年の「本の楽市」(7/9-19、座高円寺)の関連企画として、『わらしべ絵本プロジェクト
というのが始まった。
内容は、タイトルからだいたい想像がつくでしょう。
たまたま拾った1本のわらしべを、他のモノとの物々交換を続けていくうちに、ついには家屋敷と田畑を手に入れるに至るという「わらしべ長者」のお話。
古くは、宇治拾遺物語や今昔物語でも語られているという古来の民話。
それにあやかって、1冊の絵本からはじめて、いろんな人にいろんなモノと交換してもらおうという企画。
で、その最初の1冊が、なんとズバリ『わらしべちょうじゃ』。



絵を描いてる「さとう ちゅうりょう」とは、高名な彫刻家の佐藤忠良!?
へぇー、絵本の絵なんかも描いてたんだね。

「本の楽市」が始まる前に、その宣伝も兼ねて、事前スタートさせようということで、一昨日(6/24)から、高円寺の絵本専門古本屋「えほんやるすばんばんするかいしゃ」に、その絵本が入った<わらしべBOX>なるものが置かれている。

100624_1903_01.JPG この写真 (ケイタイで撮ったののでブレている。ゴメンナサイ) は、初日に撮ったものなので、既に、別の何かと換わっているかもしれない。し、そうあって欲しい、ね。
 脇の箱には、交換記録カードが用意されていて、何かと換えた人は、換えたものと名前 (ニックネームで可) などを書いて投函する。
 そうすると、「本の楽市」の最終日、最後に残ったモノが抽選でゲットできるという仕組み。
 少しでもいいモノに換えておけば、さらにいいモノに換わって、最後は自分のモノ、というあわよくばの狙いで、ドシドシ参加してください。


「えほんやるすばん…」さんに置かれているのは、今日まで。
最後まで、換わらないままだったら、僕が別の“わらしべちょうじゃ”の本(木下順二・作/赤羽末吉・絵の『わらしべ長者』-こっちが付け値が高いらしい)と換えようかな、なんて彼は言ってましたが、…、どうなったんでしょう??

<わらしべBOX>は、このあと、旅の本屋のまど(西荻)、にわとり文庫(西荻)、コクテイル書房(高円寺)、茶房高円寺書林(高円寺)と経巡って、「本の楽市」会場、座・高円寺にたどり着く予定。
大きく化けるかもの期待値が、一番高いのはコクテイル書房。
なんたって、ふるほん“酒場”なのだ。
酒の勢いで、太っ腹になった輩や、グループで盛り上がった連中が、ドカンとお宝に換えてくれるかも? なんて。

ボクもどっかで、何かと換えてみようか、などと思ってます。

なぎら健壱の「下町小僧」を手にして、「ちいさな古本博覧会」のテーマに思いを馳せる。

 本を整理しているうち、なぎら健壱の「下町小僧」が出てきた。



100円均一の売れ残り。
確か、発売されたときは、話題になった本だよね、なんて思いつつ奥付を見ると1988年という刊記。
へぇー、もう22年前の本なのか、と驚く。
自分の感覚のなかでは、10年かそこら前に出た本というような印象。

100円均一で売れ残った本なので、商売的には見切ってしまっていい本なんだけど、副題の「東京昭和30年」というフレーズが思わず本を手にとらせた。
ちょうど、次回10月の「ちいさな古本博覧会」の特集テーマを「昭和[懐新]カルチャー」と決定したところだったから。

「昭和[懐新]カルチャー」という特集テーマは、実は、前回4月の「ちいさな古本博覧会」で採用したテーマ。
メンバーが力を入れて品揃えした効もあり、なかなか好評で、第2弾として続けてみようということになった。
そんなタイミングで見つけた本だから、気になってつい読み始めたのだ。
といっても、まだ最初の1項を読んだだけの段階だから、中身についてなにも語るべきことはない。
ただ、この本に誘われフツフツと思いついたことについて、ちょっとメモっておこうと思う。

なぎらさんは、昭和27年の生まれだという。
ボクが32年だから、5歳年長なのか。
同世代というべきか、それでも5年の歳の差は大きいと見るべきか、それはおいおい本を読み進んでいけばわかると思うが、歳の差より、実際は、生まれ育った場所の差が大きいように思える。
彼は、東京の木挽町(現在の銀座)の生まれ。
ボクの生まれたところは、今、龍馬で注目の土佐、高知。
都会と田舎、この差は歳の差以上にあるはず。
彼の育った昭和30年代とボクの30年代、同じなのか、違っているのか、それを確認しながら読むのが楽しそう。

ただ、ボクは、実のとこ、自分の幼少時代のことをほとんど記憶していない。
同世代の友だちと、「あの頃は、こうだったね」なんて話題を振られても、「え、そうだっけ」みたいなチグハグな会話をすることもしばしば。
友だちからの説明で、やっと「あー、そうだったか」とおぼろな記憶が甦ればいいほう。
この本を読むことで、そのボクの昭和30年代も、クリアに描けるようになるとありがたいのだけど…。
少しずつ読みつつ、自分なりの過去へのタイムトラベルをしてみようと思う。
どうせ、100円で売れないなら、自分で読むのが一番さ、ってね。

追伸)
どうでもいいことだけど、この本が22年前の本ということは、そのときボクは31歳。
31歳の頃なら、まだあの頃の記憶も、今より鮮明だったのだろうか。
今の時点から、22年前の31歳を振り返るように、31歳の時点で22年前を振り返ったらボクは9歳になるワケだ。
そうか、31歳のときに昭和30年代を思い出すということは、今、31歳のときのことを思い出すというのに等しいのか、って。
なんか、不思議な感覚。

さあ、今からは出品に集中だ。

 事務所にいられる時間は、ネット出品のための時間。
なのに、今日の午前中は、ツイッターの設定やらなんやかやで出品作業は何もできずに終った。
今月は、けっこうバタバタと忙しく、あまり出品できてない。
1ヶ月の出品点数ノルマにだいぶ遅れている。
いかん。
アマゾンは、出品が滞ると、てきめん売りが落ちはじめる。
最近は、かなりシビアなサイトになってる。
そろそろアマゾン依存から脱出しなければならないのだが、…。
古本商売は、店もダメ、催事もダメ、みたいな状態だから…。
どこで、なにを、どう売ればいいのか、闇の中。
活路が見えない。
もがくしかない今の状況。
あー、暗い話になってしまった。
しかし、それが現実。
どうなるんだろーねぇ、などと他人事のようにつぶやきつつ、今はただ出品に精出すのみ、か。
さあ、今からは出品に集中だ。

Twitter、結局始める。

 さっき、Twitter検討中と書いたばかりで、結局、いきがかりなので、そのまま登録してしまった。
ついでに、このJUGEMブログにTwitter連携機能というのがあったので、それも使うことに。
さてさて、ブログとTwitter、どんな展開になるやら…。
なりゆき、ということで…、いいや。

Twitter-ただいま検討中。

 悪いクセが出て、更新しないままのほったらかし状態になっていた。
なんでかねぇー。
このクセは直りそうにないね。
ま、そんなことはいいとして、別に運営している「ちいさな古本博覧会」サイトでTwitterを始めた(遅ればせに)。
どうせそっちで始めたなら、自分のサイトにもつけておこうかと思ったのだが、2月以降動いてないサイトでTwitterなんかやってもしょうがないかな、と思いつつ、時代は「ブログからツイッター」なんだそうで。
短く発信できる気軽さがいいのだそうで。
ただいま検討中。

「脱"本"」-「change, challenge, chance!」

 リブロの「古本まつり」から、組合機関誌の編集と、追い込みの日々が続いた。
少し、お疲れ。
リブロの初日、昨年よりやや減。
1割から1割五分程度か。
催事の不振、右肩下がり傾向は止まらないのか?
ただ、去年のリブロは、初日が休日と重なったその効果で、普段以上に大きな売上げだったと記憶しているから、去年より減ったといっても、今回の売上げのレベル自体はさほど悪くはないとも言える気もするが…。
が、個人的には、低調。
ネタは、自分なりにちゃんとセレクトして臨んだつもり、なんだけど…。
会場全体を歩きながら、感じたことは、ある程度のレベルの本を揃えてみても、みんなもそれなりの本を持ってきてるワケだから、一個一個が全然際立ってこない、ということ。
他のと十把一絡げのごとく、になってしまう感じ。
どうも、大量生産=消費型商品としての"本"は限界、かも。
唯一無二、とは言わなくても、レア度が高く、他との差別性を強く打ち出せる資料系、紙モノ系のほうが面白く映る。
んー、紙モノは、商品化の手間とか面倒だし、手間をかけた割りに嵩がでてこない、というタイヘンさがあって、つい手を出さずにきたけど、これからはそっちへ向ったほうがいいかも。
個人的に、紙モノは、実はキライじゃない、し。
資料系も、けっこう興味津々。
今年のテーマは、「脱"本"」か!?

次の催事は、リブロを終って間髪を入れずサブナード(古本浪漫洲:2/18-22)なので、これは調整できない。
リブロのネタをそのまま横流しで、スライドさせるだけ。

勝負(?)は、4月の『ちいさな古本博覧会』だね。
ここでは、回のテーマとして、「昭和レトロ」が設定されている。
そこに、個人的サブ・テーマとして「紙モノ」を設定して、チャレンジしてみようか、な?
チャンスがないと、チャレンジもできないし、…。
そういえば、年頭に思った今年のテーマは、
「change, challenge, chance!」
だった。
その答えの形のひとつが、「脱"本"」、ということか。
んー、そうかも。

棚の安全性のために。

 リブロ「古本まつり」の準備。
本をつくることはそっちのけで、棚や台の準備で忙殺される。
去年10月、札幌の古本屋で棚が倒れて、女児が重体になるという事故があって、リブロ側でも棚の固定をちゃんとやるよう、指導が強化された。
「古本まつり」は、会から1500幅のワゴン台が用意されている。
そのワゴンの上に、ボクの場合、幅450×高さ300程度の木箱を積み重ねてゆくというのが、いつものやり方。
重ねようとすれば、3段くらいは重ねられるのだが、さすがに安定感が悪い。
安全を考えると、2段にセーブしておくのが無難。
2段でも、下が不安定だとヤバい。
木箱は、ワゴンの面に直接置くのでなく、12-13cmくらい持ち上げないと、ワゴンにならべた商品がジャマで棚の本が取り出せなくなる。
いわゆるゲタをはかせるという形で、アンコの台を置いて、その上に木箱を積むのだ。
が、この下台になかなか適当なモノがない。
多くの古本屋は、発泡のブロックもどきを使っている。
が、これ、けっこう値段が高い。
で、ボクは、もう使わなくなったユニット本棚の棚板を積み重ねて台にしたてている。
今までは、ただ積み重ねるだけで、特別な養生はしてなかったが、さすがに、ちゃんとせねばと、板を結束バンドでガッチリ縛り、棚上に滑り止めシートを貼ることにした。
さらに、木箱を組んだとき、これまでは、木箱の取っ手の穴をヒモで縛って連結してたけど、それだと正直、気休め程度の強度しか確保できない。
ので、ちゃんと連結金具で固定できるよう加工処理することに。
たぶん、これで、かなり安全度は高くなったと思う。
これだけ時間とコストをかけて、売上げが悲惨だったら参っちゃうけど、ね。
ま、努力は報われるもの、と信じよう。

浅草凌雲閣

来週の10日から、池袋リブロで「古本まつり」が始まる。
今日、明日は、その準備の最後の追い込みで、商品づくりが佳境の段階、なんだけど、気持ちがノラず、なんだかタラタラしている。
よくない。
とはいえ、気持ちがノラないんだからしょうがない。
目録の注文締め切りも間近。
注文の数はそこそこ来てるのだけど、重複の注文が多くて、数ほどに額はいかない。
目標額の到達はしんどそう。
高い値段のものに一つでも注文が来れば、一発逆転、となるんだけど、ね。

今回の目録で、いちばん期待してたのは、「浅草凌雲閣」の彩色石版画。
8万の値をつけたが、結果、高すぎたのかな?
それだけ面白い商材だと思ったんだけど…。



「凌雲閣」は、通称十二階とも言われ、地上52メートルの“雲をも凌ぐ”威容は、浅草のランドマークとして、明治23年の建設以来、浅草を訪れる人々の目を、上からも下からも楽しませてきた。
が、大正十二年の関東大震災で崩壊。
十二階下と言えば、銘酒屋の集まる歓楽街の代名詞としても有名で、金子光晴には「浅草十二階下の女たち」という一文がある。
今、「凌雲閣」関係の資料をひも解いてる時間もないので、詳しく知りたい方は、『浅草十二階 塔の眺めと<近代>のまなざし』(細馬宏通/青土社)という本が出てるのでそちらをどうぞ、と書いて、Amazonを見たら、ナント1万円なんて、すごい値段がついてた。
容易に読めないじゃん。
というより、昔、お安く売ってしまった記憶を思い出してしまった。



と、それは脇道でした。
元にもどして、リブロの目録に出した石版画は、瓢箪池といわれる、これも浅草名物の池の手前から凌雲閣を望んだ図。
明治24年に刷られているから、ほぼ完成当時の姿といえる。
今からでもいいから、誰か注文くれないかなあ。

同じ目録で一番、ダブって注文があったのが、若尾文子のスチル一括。
他にも多くあったスチルの中から、半端っぽいヤツだけ集めてまとめて出したもの。
どうせ半端ものだと、お安くしたら、集中してしまった。
んー、若尾文子の人気は今でもなかなかのもの、なんだね。


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